Docon Recruitment

Member's SiteEntry / Login

TOP

交通事業本部 構造部 上席技師長 菅原 登志也

一流の会社を目指して

交通事業本部 構造部 上席技師長 菅原 登志也 Toshiya SUGAWARA 1991年入社

現在の仕事について
教えて下さい。

 現在私が取り組んでいる主な仕事は2つあります。

 1つ目は北海道の室蘭市に架かる白鳥大橋という吊橋の維持管理です。この橋は建設する時にも関わった経緯があるので、とても思い入れのある橋です。国内には白鳥大橋と同じような吊橋がいくつかありますが、北海道という積雪寒冷地にあるのは白鳥大橋だけなので、補修材料や補修工法の選定に海外事例を調査しながら進めています。平成28年6月にはカナダで開催された国際吊橋管理者会議にも参加し、とてもよい勉強になりました。

 2つ目は、橋梁を点検する際に使用するロボットの開発事業に関わっています。この事業は当社単独ではなくIT産業企業や大学の情報系の先生と進めているもので、社会インフラの老朽化対策としての国家プロジェクトの一環の活動です。具体的には特殊ドローンを使った橋梁点検支援システムを開発するのですが、これまでの私の経験とは異なった情報エレクトロニクスや機械分野の技術用語も飛び交っているので、なかなか大変です。

仕事をする上で
もっとも大切だと
考えている事や
心がけている事は?

 我々の仕事は技術を売り物にするサービス業だと考えています。ですから、売り物となる技術を如何に高めるかが肝心です。私の経験を振り返ってみると、技術を高めるための「仕事に対する心がけ」は新人から年を重ねるごとに変化していたと思うので、簡単に紹介します。

【新人時代】:「全てサル真似から始まる」をモットーに、指示されたことは何であれ全力かつ短時間でこなし、経験値を積み上げることにしていた。

【中堅時代】:まずは自分で答えを出すことにした。そのうえでわかる所とわからない箇所を見極め、先輩に相談するように心がけた。

【管理職時代】:自分の判断が最終判断となることが多くなった。判断基準は「先輩ならどんな判断する?」が根底にある。

 ここまでは、商売道具となる技術を高めるための心がけでしたが、サービス業として、顧客の立場になった仕事が大切なことは言うまでも有りません。

私のキャリアステップ

入社 内容
1年目 橋梁部(現構造部)に配属。橋のパーツ設計に携わる。
大卒6年目で橋梁製作メーカーからの中途採用。初めて建設コンサルタント業を知った。
2~5年目 橋の全体設計を初めて担当。設計後の図面は大先輩が担当。
設計基準と格闘しながら設計を進めたが、設計が終わる前に図面ができていたことも・・・ 子供が産まれる。
7~9年目 白鳥大橋の建設現場に施工管理員として3年間単身赴任。
技術士(建設部門)を取得。この期間で材料、施工に係る多くの基礎力がついた。
12年目 副技師長昇格
業務をようやく一人で対応する自信が持てた。また、同窓会活動、学会発表など多くの社外活動にも取り組んだ。
15年目 次長昇格
総括管理職として部の運営に関わるようになった。
16年目 土木鋼構造診断士の資格を取得
17~20年目 橋梁点検、補修設計業務が多くなり、橋梁点検業務を主に担当
この時期に構造物保全に関する知識・技術を学んだ。
21年目 部長昇格
実務から離れることが多くなり、部の運営、営業活動が主となった。顧客目線での考え方がより一層身に付いた時期。
25年目 上席技師長昇格
専門管理職として実務に復帰。実務ブランクがあるが、構造物保全業務や国家プロジェクトに係る。

今後の目標を教えて下さい。

【でかい目標】:一流の会社をつくる。一流の会社とは、会社が一流な訳ではなく、一流の社員が集まっている会社が周りから一流と呼ばれます。一流の社員とは、単に技術知識が豊富なだけではなく、良いものを世に残そうとする気持ちをいかに高く持てるかだと思っています。この気持ちを共有できる社員を広げることで一流の会社に近づくと信じています。
【ちっちゃな目標】:①5年ぶりに土木学会で論文発表する。②オークランドベイブリッジを再訪する。そのため英会話をちょっとだけ頑張る。③防食技術の勉強を通じ、全国的な人脈形成を計る・・・など、たくさんの目標が有ります。

1998年に開通した白鳥大橋。18年間風雨にさらされ痛みが出始めているが200年維持するのが我々の仕事。

吊橋の生命線と言えるスプレー室。一般の目に触れることはないが、広がるケーブル一本一本で橋を支えている。